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日本を支えた石炭と鉄の関係性って何?

福岡県飯塚市にあるボタ山(石炭採取のさいに出てきた捨石を積み重ねたもの)

私たちの日常生活に欠かせない鉄。この鉄を作るためには、実は石炭がとても重要な役割を果たしていることをご存じでしょうか?石炭と鉄の関係性は歴史的にも深く、特に1900年代の日本では経済や産業の発展に欠かせないものでした。その背景を一緒に探ってみましょう。

鉄の生産と石炭の役割

鉄を作るためのプロセスでは、主に「高炉」という設備が使われます。この高炉では鉄鉱石を溶かして鉄を取り出すのですが、その際に必要なのが「コークス」と呼ばれる燃料です。このコークスは石炭を加工して作られます。石炭は高温で燃やしても安定して熱を出し続けるため、高炉の中で鉄鉱石を溶かすのにぴったりの燃料なのです。

八幡製鉄所と筑豊炭田の関係

日本の鉄鋼産業が本格的に発展したきっかけのひとつが、北九州にあった「八幡製鉄所」です。この製鉄所は1901年に操業を開始し、日本の近代化を支える鉄を大量に生産する拠点となりました。では、その八幡製鉄所の燃料をどこから調達していたのでしょうか?

 

答えは、近隣の「筑豊炭田」です。筑豊炭田は九州にある大規模な石炭産出地で、豊富で質の高い石炭を供給していました。この炭田のおかげで、八幡製鉄所は安定してコークスを確保することができ、大量の鉄を生産することが可能になったのです。

日本の発展を支えた鉄と石炭

1900年代、日本は産業の近代化を進める中で鉄を大量に必要としました。例えば、鉄道や橋、工場の建設には膨大な量の鉄が使われました。また、軍事的な目的でも鉄は重要でした。こうした背景の中で、八幡製鉄所は日本国内で鉄を安定供給するための中心的な存在となり、その製鉄所を支えたのが筑豊炭田の石炭だったのです。

 

特に第二次世界大戦前、日本は海外からの鉄鉱石や石炭の輸入に頼ることが難しい時期がありました。そのため、国内の資源を最大限に活用する必要があり、筑豊炭田と八幡製鉄所の連携はますます重要になっていきました。

産業革命とエネルギー転換

1900年代初頭の日本における鉄鋼産業の発展は、まさに石炭というエネルギー源に支えられていました。しかし、現代ではエネルギー源が多様化し、石炭から天然ガスや再生可能エネルギーへの転換が進んでいます。それでも、石炭が日本の近代化と経済発展を支えたことは歴史に刻まれています。

まとめ

石炭と鉄の関係性は切っても切れないものです。特に1900年代の日本では、筑豊炭田の石炭が八幡製鉄所を支え、その鉄が日本の近代化を推進しました。この関係性を知ることで、私たちは日本の歴史と産業の成り立ちをより深く理解することができます。鉄や石炭がどのように私たちの生活を形作ってきたのか、ぜひ身近な視点で考えてみてください。

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