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サハラ砂漠の「大量の砂」はどこから来た?知られざる起源と「緑のサハラ」の記憶

写真はWikioediaから参照 サハラ砂漠

世界最大の熱帯砂漠、サハラ。見渡す限りの砂の世界が広がるこの地ですが、実は**「サハラ砂漠のすべてが砂で覆われているわけではない」**という事実をご存知でしょうか。実際、砂丘が占める割合は全体の2割程度に過ぎず、残りの多くは岩石が露出した礫砂漠や台地です。

では、その一部とはいえ、気が遠くなるような量の「砂」はもともとどこから来たのでしょうか?その答えは、数億年にわたる地球のダイナミズムと、かつてサハラが「緑の楽園」だった時代の記憶に隠されています。


1. 砂の「原材料」は古の大山脈

砂の正体は、突き詰めれば**「岩石の破片」**です。サハラ砂漠にある砂の主な供給源は、砂漠中央部にそびえるホガール山脈(アルジェリア)やティベスティ山脈(チャド)といった高地、そしてそれらを構成する巨大な岩盤です。

物理的風化の力

砂漠は昼夜の寒暖差が激しい環境です。昼間の強烈な日光で岩石が膨張し、夜間の冷え込みで収縮することを繰り返すと、岩石の表面に亀裂が入り、やがてボロボロに崩れていきます。この**「物理的風化」**によって、巨大な岩が数百万年という時間をかけて、礫、砂、そして塵へと姿を変えていきました。

2. 「水」が砂を運び、堆積させた

意外かもしれませんが、現在の乾燥したサハラを形作った最大の要因の一つは**「水」**です。

数千万年前から数百万年前、サハラ地域には巨大な河川系や湖が存在していました。かつてのサハラは、今よりもはるかに湿潤な気候だった時期が何度もあったのです。

  • 古の河川: 山脈で削られた岩石の破片は、河川の流れに乗って下流へと運ばれました。その過程で角が取れ、丸みを帯びた「砂」へと磨かれていきます。

  • 巨大湖「メガ・チャド」: かつてサハラには、現在のカスピ海に匹敵するほどの巨大な湖(メガ・チャド湖)が存在していました。湖底には長い年月をかけて、河川が運んできた堆積物が大量に積み重なりました。現在、これらの干上がった湖底(ボデレ低地など)は、世界最大の砂塵供給源の一つとなっています。

3. かつてそこは「海の底」だった

サハラの砂の中には、海洋生物の微細な化石や塩分が含まれていることがあります。これは、サハラの一部がかつてテチス海と呼ばれる海の一部だったためです。

約5,000万年前、地殻変動によって海底が隆起し、陸地となりました。その際に取り残された海洋堆積物や砂岩の層が、その後の風化によって再びバラバラの砂に戻り、現在の砂漠を構成する要素の一つとなったのです。

4. 風による「選別」と砂丘の形成

山で削られ、水で運ばれた砂を、現在のような「砂丘」の形に整えたのが**「風」**の力です。

サハラに吹く強風(ハルマッタンなど)は、細かい塵(ダスト)を大西洋の向こう側(アマゾンまで!)まで運び去る一方で、比較的重い「石英(クォーツ)」主体の砂粒を地上に残しました。石英は硬くて化学的に安定しているため、最後まで砂として残りやすい性質があります。

こうして生き残った砂粒たちが、風によって特定の場所に集められ、私たちが写真で目にするような美しい砂の丘(エルグ)を作り出したのです。


結論:サハラの砂は「地球の歴史の結晶」

サハラ砂漠の砂は、単にそこにあったわけではありません。

  1. 山脈の岩石が熱で砕け

  2. 太古の河川や海がそれを運び

  3. 湿潤な時代の湖が堆積物を溜め込み

  4. 乾燥期の風がそれを選別し、積み上げた

このプロセスには、数百万年から数億年という果てしない時間が費やされています。私たちが目にする一粒の砂は、かつての高山の一部であり、あるいは古代の湖底の一部だったのです。

次に砂漠の風景を見るときは、その一粒一粒に刻まれた地球の壮大な旅路に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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