ウォール街大暴落(Wall Street Crash)は、1929年10月にアメリカで起こった株価の大暴落です。この出来事は、単なる株価の下落にとどまらず、後に「世界恐慌」と呼ばれる深刻な経済不況の引き金となりました。今回は、この大暴落がどのようにして起こり、どんな影響をもたらしたのかを見ていきましょう。
【狂騒の20年代と楽観的な投資ブーム】
1920年代はアメリカ経済が急成長した時代で、人々は未来に期待を膨らませ、こぞって株式投資に参加しました。銀行からお金を借りて投資する人も多く、まるで「株さえ買えば、必ず儲かる」と信じていたかのようでした。日本のバブルがはじける前に似ていますね。特に1929年9月には、株価が史上最高値の水準まで上昇し、多くの人が投資熱に浮かれていました。
【突然の暴落と「ブラックサーズデー」】
しかし、10月に入ると状況が一変します。10月24日、木曜日に初めて株価が急落しました。この日は「ブラックサーズデー」と呼ばれ、大量の売り注文が市場に殺到し、株価は一気に下がりました。この危機を何とか食い止めようと、銀行家たちが株を買い支えるなどしましたが、それも一時的なものでした。
【止まらない暴落—ブラックマンデーとブラックチューズデー】
週明けの10月28日(月曜日)、さらに大きな株価の下落が起こり、これを「ブラックマンデー」と呼びます。翌日の10月29日(火曜日)には、「ブラックチューズデー」として知られる、最も壊滅的な暴落が発生しました。この日には1,600万株以上が取引され、株価はさらに急落。人々の財産が瞬く間に消えていきました。
【大暴落が引き起こした世界恐慌】
この大暴落の影響はアメリカ国内だけにとどまりませんでした。銀行や企業の破綻が相次ぎ、経済活動が停滞。失業率が急上昇し、多くの人々が職を失い、生活に困窮しました。仕事を探しても見つからない人たちは、列を作って無料の食事を配る炊き出しに頼らざるを得ませんでした。その影響はアメリカだけにとどまらず世界中に広がり、「世界恐慌」という長期的な不況へとつながったのです。
【不安の連鎖が始まる】
株価の暴落と経済不安の連鎖によって、銀行も次々に破綻しました。当時、銀行には預金保険制度がなかったため、人々は貯金が一瞬で消えるという悲劇に見舞われました。また、多くの家庭は住宅ローンを支払うために株を担保にしていましたが、株価が暴落したためにローンを返済できなくなり、家を失いました。農村部でも、多くの農家が銀行に土地を差し押さえられ、生活基盤を失いました。それによって、アメリカ国内では暴動やデモが頻発するようになり、社会不安が広がっていきました。
【株価の回復には25年】
一度崩壊した市場が元に戻るのには、非常に長い時間がかかりました。ダウ工業株平均が再び1929年の水準まで回復するのは、1954年になってからのことです。この間、人々は投資に対して慎重になり、経済を立て直すための新しい法律や金融の仕組みが導入されました。
ウォール街大暴落は、楽観的な投資ブームがもたらす危険を教えるものとなりました。景気が良いときこそ、リスクに注意を払い、慎重な判断をすることが大切なんですね。この出来事は、歴史に残る経済の教訓として、今でも多くの人々に語り継がれています。