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イギリスの「三枚舌外交」とは?パレスチナとイスラエル問題の原点を探る

イスラエルとパレスチナの対立は、なぜここまでこじれてしまったのか?
その歴史をたどっていくと、ある“裏切り”に行きつきます。それが「イギリスの三枚舌外交」です。

中東情勢を語る上で避けて通れないこの外交戦略。
この記事では、「三枚舌外交とは何か」「なぜそんなことが行われたのか」「その結果、何が起きたのか」を分かりやすく解説します。
少し遠い昔の話ですが、現代の混乱につながる重要なポイントです。ぜひ最後まで読んでみてください。


三枚舌外交とは何か?

「三枚舌外交(さんまいじたがいこう)」というのは、一つの国が同じ時期に、異なる国や勢力に対して矛盾する約束をすることです。つまり、誰にも本音を見せず、それぞれに都合のいい話をして騙すような外交を指します。

これは、第一次世界大戦中のイギリスが実際にやったことです。
その中心には、アラブ人、ユダヤ人、そしてフランスなどの同盟国がいました。


イギリスが交わした3つの“約束”

① フサイン・マクマホン書簡(1915年)

イギリスはアラブのリーダー、フサインにこう伝えました。
「戦争が終わったら、オスマン帝国の支配から解放されたアラブの土地に、独立国家をつくらせてあげるよ

アラブ人たちは、これを信じてイギリス側として戦いました。


② サイクス・ピコ協定(1916年)

一方でイギリスは、フランスやロシアと密かに中東を山分けする計画を立てていました。
この協定では、戦後の中東地域を英仏で分割統治することが取り決められていたのです。アラブの独立など、最初から無視されていたとも言えます。


③ バルフォア宣言(1917年)

さらにイギリスは、今度はユダヤ人たちにこう約束します。
パレスチナにユダヤ人の国(ユダヤ人国家)をつくることを支持する」と。

これにより、世界中のユダヤ人が「ついに自分たちの祖国が持てるかもしれない」と希望を抱くことになります。


なぜイギリスはこんなことをしたのか?

第一次世界大戦では、イギリスはとにかく勝つためにできるだけ多くの支援が必要でした。

  • アラブ人の力を借りたい → 独立を約束

  • フランスとの信頼関係を保ちたい → 分割を約束

  • ユダヤ人の支持を得たい(特にアメリカのユダヤ人の影響力) → 国家建設を約束

このように、「誰にでもいい顔をして、都合よく利用する」ことを目的としていたのです。


その結果、何が起きたのか?

戦争が終わった後、イギリスはどの約束も完全には守りませんでした
アラブ人は独立を得られず、ユダヤ人もすぐに国がもらえたわけではなく、フランスとも中東をめぐって対立が起きます。

特にパレスチナの地では、アラブ人とユダヤ人が同じ土地を自分たちのものだと思い込んで対立を始めました。
この対立こそが、現在にまで続く**イスラエルとパレスチナの紛争の“火種”**になったのです。


三枚舌外交の教訓

イギリスの三枚舌外交は、短期的な利益のために多くの人を裏切った行為でした。
その結果、中東に深い傷と複雑な感情が残り、100年以上たった今も解決されていません。

この出来事から私たちが学べるのは、約束の重さと、正直な外交の大切さです。
その場しのぎの言葉は、時として多くの命を危険にさらします。


まとめ

  • 三枚舌外交とは、同時に複数の相手に矛盾した約束をすること

  • イギリスは第一次世界大戦中、アラブ人・フランス・ユダヤ人に別々の約束をした

  • その結果、パレスチナの土地での対立が深まり、現代のイスラエル・パレスチナ問題につながっている

  • 短期的な利益のための嘘は、長期的に大きな不幸を生むことがある


今、世界で起きているニュースの背景には、歴史の積み重ねがあります。
「なぜ争いが起きるのか?」と疑問に思ったときは、過去にどんな約束が交わされたのかを調べてみると、新しい視点が見えてくるかもしれません。

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