
「日本一周クルーズ」と聞くと、多くの人は“日本の港だけを巡る旅”を想像するのではないでしょうか。
しかし、実際にパンフレットを見ると、「釜山」「済州島」「基隆(キールン)」といった海外の地名が並んでいます。
「どうして“日本一周”なのに外国に寄るの?」と不思議に思う人は少なくありません。
実はそこには、“カボタージュ”と呼ばれる法律上のルールや、クルーズ運航の仕組み、そして日本の観光産業の事情が深く関係しているのです。
この記事では、その理由をわかりやすく、そして少しワクワクしながら読み進められるように紹介していきます。
カボタージュとは何か?──海の「国内線」を守るルール
まず、最も大きなキーワードが「カボタージュ」です。
聞き慣れない言葉ですが、これは**「外国の船が、同じ国の港どうしで旅客や貨物を運んではいけない」**という国際的な原則のことです。
たとえば、日本の港(横浜)から別の日本の港(函館)へ人を運ぶのは、日本の船だけができるという決まりがあります。
これは「外国船が国内の商売を奪わないようにするため」の保護制度なのです。
では、クルーズ船の場合はどうなるでしょうか。
外国籍の船が「横浜→神戸→鹿児島→長崎→新潟→函館→横浜」と巡るルートを走ると、これは“国内航路”とみなされ、カボタージュ違反になってしまいます。
つまり、外国籍の船は“日本だけを巡る旅”を自由に運航できないのです。
外国の港に「ひとつ寄る」だけで、ルールをクリアできる
では、どうすれば外国船も日本を一周できるのでしょうか?
実は、カボタージュのルールには“抜け道”があるのです。
それが、「途中で外国の港に寄る」こと。
横浜から出発して、途中で韓国の釜山や台湾の基隆などに立ち寄れば、その航路は“国際クルーズ”として扱われ、外国籍の船でも合法的に運航できます。
そのため、多くの“日本一周クルーズ”が、実は途中で海外の港を経由しているのです。
パンフレットに「寄港地:釜山」とあるのは、単なる観光ではなく、法律上の条件を満たすための重要なポイントでもあるのです。
なぜ日本の船ではなく「外国籍船」が多いのか?
「なら、日本の船を使えばいいのでは?」と思うかもしれません。
しかし、現実には多くのクルーズ船がパナマやバハマ、リベリア、などの“外国籍”なのです。
理由はシンプルで、外国籍の方が運営コストが安く済むからです。
船籍を外国に置くことで、税金や労働基準、保険のルールなどが緩くなり、国際的な競争力を保てるのです。
これは「便宜置籍船(べんぎおきせきせん)」と呼ばれる仕組みで、世界の多くのクルーズ船が採用しています。
その結果、日本発着のクルーズでも、ほとんどの船が“外国籍”のため、カボタージュの影響を受けることになります。
したがって、どうしても“どこか一度は外国に寄らなければならない”という事情が生まれるのです。
それでも「日本一周」と呼ばれる理由
では、「海外に寄るなら“日本+海外クルーズ”じゃないの?」と思うかもしれません。
それでも“日本一周クルーズ”と呼ばれるのには、マーケティング上の理由があります。
旅行会社が強調したいのは「日本各地の名港を巡る」という体験です。
釜山や基隆はあくまで“経由地”として、旅の主役はあくまで日本列島。
実際、航路の8〜9割は日本国内の港を巡るため、「日本一周」という呼び方に大きな誤りはありません。
また、海外寄港によって「ちょっとした異国気分を味わえる」という魅力も加わり、旅の価値が高まるという面もあります。
船内では、外国の港でしか買えない限定品や食文化に触れるチャンスもあり、それを楽しみにする乗客も少なくありません。
海外寄港のもう一つの理由:燃料や運航の都合
外国寄港には、実務的な理由もあります。
クルーズ船は巨大な船体を動かすために大量の燃料を使いますが、国によって燃料の価格や税率が違います。
韓国や台湾などで燃料を補給することで、コストを下げられる場合があるのです。
また、海外港では船員の交代や物資の積み込みも行いやすく、運航面での柔軟性が高まります。
つまり、海外寄港は“法律対策”であると同時に、“経済的・運営的に理にかなった選択”でもあるのです。
日本のクルーズ市場が抱える課題
このように、外国寄港にはさまざまな理由がありますが、裏を返せば日本の海運制度の課題も見えてきます。
カボタージュは国内産業を守るための大切な仕組みですが、世界的に見ればやや硬直的でもあります。
日本では、クルーズ専用の大型船を自国で運航している会社がまだ少なく、外国船に頼らざるを得ません。
そのため、カボタージュが壁となって、日本をぐるりと巡る“純粋な国内クルーズ”を企画するのが難しい状況なのです。
近年では観光庁や国土交通省も、クルーズ需要の拡大に合わせて制度見直しを検討しています。
もし今後、日本籍のクルーズ船が増えれば、「本当の意味での日本一周クルーズ」が実現する日も来るかもしれません。
旅の本質は「どこへ行くか」より「どう過ごすか」
結局のところ、旅の価値は“寄港地の名前”だけでは決まりません。
夜明けの瀬戸内海、霧に包まれた函館湾、南国の夕日が沈む鹿児島沖──
クルーズの魅力は、船上で流れるゆるやかな時間そのものにあります。
たとえ途中で海外に立ち寄っても、それは旅のリズムを少し変えるスパイスのようなもの。
外国寄港の背景を知ることで、次にパンフレットを見るとき、あなたの目には少し違った世界が広がって見えるはずです。
まとめ:なぜ日本一周クルーズは外国に寄るのか?
・カボタージュ(外国船の国内航路禁止)という法律のため
・多くのクルーズ船が外国籍のため
・途中で海外港を経由すれば国際航路として合法になる
・燃料補給や運航の都合にも利点がある
・日本の制度・船籍の少なさが背景にある
「日本一周クルーズ」が韓国や台湾に寄るのは、単なる気まぐれではありません。
それは法律、経済、観光、そして国際社会のルールが絡み合った結果なのです。
次に「日本一周」と書かれたクルーズのチラシを手に取るとき、
その小さな“釜山”や“基隆”の文字に、世界の海を感じてみてください。
あなたの旅の想像は、もう少し広く、そして深くなるはずです。