実際琵琶湖を見た方なら分かるかもしれませんが、湖というより海という感想を持つのではないでしょうか。それくらい大きな湖です。琵琶湖の形は形容するのが難しいですが、縦長になっていて晴れていれば容易に対岸を見ることができます。そう考えると海というには大げさかもしれませんね。
琵琶湖は滋賀県にあり、日本で最大の面積と貯水量を持っている湖です。これは学校で習いましたよね。また、滋賀県の6分の1は琵琶湖ですから、かなりの大きさであることも分かります。
琵琶湖は淡水ですので獲れる魚も海の魚ではなく、フナやモロコやナマズなどなどの淡水魚が獲れます。外来種ではブルーギルやバスやライギョなども生息しています。実際スーパーに行けば琵琶湖で獲れた小魚の佃煮や鮒ずし(フナ)がたくさん売られています。
琵琶湖の周りは山地に囲まれていて、それらの山の水が琵琶湖に注いでいます。この琵琶湖は京阪神の水がめとしての機能も担っていて、約1400万人がこの水系の水で生活をしています。
また、古くから水上交通路としても利用されています。今でこそ交通網が整備されていますが、明治時代に鉄道が開通するまでは、京や大坂から東国・北陸への物資輸送の中継地として利用されていたとのことで交通の要所だったことが分かります。
歴史好きの方なら知っているかもしれませんが、琵琶湖周辺にはたくさんのお城が建っています。もしくは建っていました。例えば、安土城(織田信長)・長浜城(羽柴秀吉)・八幡山城(豊臣秀次)・坂本城(明智光秀)・佐和山城(石田三成)・彦根城(井伊氏)・観音寺城(六角氏)・小谷城(浅井氏)などそうそうたる顔ぶれです。戦国マニアにはたまらない場所ですね。それもそのはずで京都にとても近く、交通の便がとても良いからです。
関ヶ原の戦いの後、徳川家康は江戸を拠点に伸ばした幹線道路「五街道」ができましたが、そのうちの東海道、中山道が近江を通るようになりました。昔からこの地は人や物が行き交う重要な要所だったんですね。また東国の武将は京都に行くためにはどうしても近江を通らなければなりません。当然争いも多くなります。ですから軍事的な防御施設でもある城が琵琶湖周辺に幾つも築かれていったのです。そして、琵琶湖を用いた交易も行えるので武将たちは好んで琵琶湖周辺に城を建てました。
琵琶湖は現代の人々の生活だけでなく、昔からたくさんの人の生活を支え、数多くの歴史の舞台ともなっていきました。現代では琵琶湖周辺にはレジャー施設がたくさんありますが、歴史という観点からこの湖を見てみると思わぬ発見ができて面白いかもしれませんね。