地理に疎い方なら、鳥取県と島根県の位置を当てろといっても難しいかもしれません。なんせ両県は山陰地方にあるだけでなく、お隣同士で、しかも「島」と「鳥」が似通っているということで、他県民には判断がしづらい場所でもあります。一般人に間違えられるのは仕方ありませんが、全国放送の報道番組(テレ東)でも位置を間違えられるなど影の薄い2つの県と見られています。
私はどちらの県も行ったことがありますが、温泉もあり、海産物も美味しいし、歴史が感じられる場所もあり、ノスタルジック感を味わえる県だと思っています。島根県なら出雲大社、石見銀山、宍道湖などが有名で、鳥取県なら鳥取砂丘、皆生温泉、大山などが有名どころです。行ってみると実に良いところです。
しかし当の両県は互いのことを仲間とは感じていないようです。むしろライバルと見ている節があります。島根も鳥取も過疎化が進み、人口の減少も著しく、2つの県の人口を合わせてようやく、中国地方の雄である広島県を上回る程度となっています。
2015年の公職選挙法により、島根県と鳥取県の選挙区が統合されることに決まった際には。両県民から大ブーイングが起きたほどです。「なんで鳥取と一緒なんだよ」「島根と一緒とかふざけんなよ」といった言葉があったかは知りませんが、不満が出たそうです。
このライバル意識の裏には2県統合という黒歴史がありました。1876年(明治9年)のことですが、島根県が鳥取県を統合したという歴史があります。鳥取県側としては穏やかではないですね。理由は定かではありませんが一説には、明治維新に貢献した鳥取県が中央政府で重んじられないことに不満を持ったということで、反政府的という烙印を押されてしまったとのことです。
鳥取県を吸収して大きくなった島根県は、県庁を始めとした役所類を松江市に置きました。それだけでなく主だった産業も島根県側に移ってしまいました。地図を見ると分かりますが、両県とも横に長い県です。そのため鳥取県の人たちは島根県の主要都市まで行くににかなりの距離を移動しなければならなかったとのことです。今のように鉄道網が発達していませんでしたし、バスも無い時代ですので移動には苦労したことでしょう。ますます鳥取県は寂れていきました。
統合していたのは明治時代のたった5年間だけでしたが、この5年間が両県にライバル意識を生むことになり、現代にまで続いています。他県民からは同じように見える両県ですが、島根県民と鳥取県民にしてみれば、「うちの方があっちより良い県だ」と思っているのかもしれません。