北海道の東に釧路があります。道東の政治の中心地でもあり、釧路湿原や阿寒湖などに行く際の拠点にもなっていますので、訪れたこともある方は多いのではないでしょうか。しかし地図を見ていると、釧路市だけでなく釧路町という自治体も存在します。「ん?なんで同じ名前の自治体が2つもあるの?」と感じました。今回は釧路市と釧路町の違いに関してお伝えします。
歴史をさかのぼると、釧路市と釧路町は釧路町という1つの自治体でした。1920年(大正9年)に北海道区制が施行された際に、釧路町は釧路区になる基準を満たすためにある行動に出ます。それは人があまり住んでいない田舎の部分を切り離すという荒業です。区制施行するにはある条件があり、面積に対して人口が集中する市街地の割合が大きい必要があったのです。そのため住民が少なかった釧路川以東の別保地区、及び雪裡太地区は分離され、釧路村にされてしまいました。それも、この措置が釧路町と北海道庁が非公式で進めていたので釧路村の住民は激怒したと言います。
1922年に市制施行により、釧路区は釧路市になります。1980年の町制施行により釧路村は釧路町になります。これで今の自治体名になりました。しかし対立は続いています。
昭和末期、財政難にあえいでいた釧路町は釧路市に合併を持ち掛けます。しかし、漁業の拠点として繁栄していた釧路市は合併の申し出をあっさりと拒否してしまいます。釧路町は釧路市に2度も無下にされてしまいました。
しかし話は終わりません。2002年に平成の大合併というものがありました。釧路市も周辺の自治体を吸収して大釧路市を創ろうという気運になり、周囲の白糠町、音別町、鶴居村、阿寒町、釧路町に合併の話を持ち掛けます。もしこれが実現すれば面積日本一の市になるはずでした。
しかしこの提案を釧路町は断りました。釧路町としては「いまさら何言ってやがるんだい。俺たちのことを2度も見捨てやがったのに!」という思いがあったのかもしれません。蓋を開けてみれば鶴居村と白糠町も合併構想から離脱し、大釧路市構想は失敗に終わりました。現在の釧路市は白糠町を挟んで東西に分かれています。旧音別町は釧路市の飛び地になっています。
さて、現在の釧路町は釧路市のベットタウンになっており、商業施設も多く作られていて賑わいをもたらしています。ですから釧路市と釧路町は結局は合併はしなくてもよかったのかもしれませんね。